01.桜色の零れたあいず


 立海大付属中学でお昼のチャイムが響き渡った。立海生はぞろぞろと食堂へ向かい、私も決して例外ではない。雑談室の向かい側にある食堂では、授業のチャイムと同時に寄り道もせず直接来たというのに既にほぼ満席状態だ。
 それに加え、レジのほうでは1日1個限定メロンパンの奪い合いに全力を尽くしている人がみえる。伝説のメロンパンを見事勝ち取った勇者は、随分見慣れた赤色の髪の毛をした丸井くんだった。私の幼馴染の友達。

 ああ、だから女子の視線も多いのかと思わず納得してしまった。テニス部はいつになっても立海の人気部として誇っている。ぼんやり壮絶なメロンパン合戦を見ていたのはいいもの、気が付けば空いている席も見当たらなくて途端まずいと思った。
 急いで昼ごはんを食べるか、夕飯まで待つかの二択しかない。正直、後者の選択はないに等しい。前者で…と考えていたときに突然腕をつかまれ、びくりと大きく肩がはねた。驚くまま反射で振り向けば銀髪が目に映る。


「雅治くん」
「ぼーっとしなさんな。席なら俺ん隣、空いとるから」
「あ、ありがとう」

 幼馴染の雅治くんは何をするにも要領がいい。今日みたいに流れるような動作でさりげなく助けてくれる優しい人。昼食は他のテニス部同様、よく食べるのか主食が2・3品並んでいていつも私が食べるBセットまで用意してあった。はいとぴったりお金を払って席に着く。お兄ちゃんというよりはお母さんみたいな雅治くんがいただきます、と食べ始めたので私も早速手をつけた。

「学園祭のシーズンそろそろだね。今年もテニス部の催し物、この時期に準備始まるの?」
「去年の繁盛から考えれば―――」
「あ!」

 今日交わされていた約束事を急遽思い出して声をあげる。唐突な私の行動に驚いて、頬杖をついていた雅治くんの顔が手からすべり、危うく顔と机のご対面になりそうだった。少し不機嫌のような拗ねた顔をして驚かせるな、と目で訴えているようにみえるが敢えて知らない振りをしよう。

「跡部景吾くん、って知ってる?」
「知っとる。氷帝テニス部だから練習試合でもうちの副部長とあたっとるしの」
「へー、ほんとに有名なんだね」
「それより、の方が跡部と共通点ないのにどこで知り合ったんじゃ」
「あ、そうそう。本題それなんだけど・・・あ、煮物おいしい」

 Bセット特有の煮物に箸をすすめ、里芋を口で味わう。雅治くんはさすが男の子なのか、食べるのが早かった。雅治くんの昼食は主食も多くて、なによりテニス部員はいつも大盛りだからみてるこちらがお腹いっぱいになる量だ。特に丸井くんなんてあの身体のどこに入るのやら。
 もちろん細身の雅治くんも例外ではない。私よりも2・3倍あるご飯を食べ終え、緑茶に手を伸ばしている。どんな仕草も様になるな、と場違いに考えながら口を開いた。

「人手不足で跡部くんの手伝いさせられることになったんだよ、私」
「・・・なんでが」
「さあ、わかんない。だけどかなり強制的だったし、断れる感じじゃなかったんだよね、これが」

 「私の氷帝にいる親友、その跡部くんと幼馴染だったんだよ」と付け出すと、雅治くんは一度怪訝に表情を歪める。そんな不憫そうな目でみられるとは思わなかった。雅治くんも跡部くんから、何か過去に巻き込まれたことがあるのか。
 彼の表情からして過去にいい思い出はなさそうだった。詐欺師が思いっきり感情をあらわしてるからよっぽど跡部くんは性質が悪いのかもしれない。ついこの前が初対面だけど、見た感じはそんな悪い人じゃなかった。強引なのは確かだけれど。

「跡部の強制は性格やし、あきらめんしゃい。跡部もあれで賢いから、心配はいらん」
「まあ、特に嫌じゃないから承諾したけどね」
「・・・、暢気というかマイペースじゃの。そういうところ、跡部から好かれたかもしれん」
「ん、そんなことないと思うよ。雅治くんだっていつも余裕そうじゃない」

 それとは話が別じゃろ、と溜息の返答をもらった。
 別に跡部くんへ嫌悪とか感じてないし、むしろ容姿はうちのテニス部員と並べても格好いい。特に、品がある。ファンのように惚れたわけではないけど、好意的な印象をもった。だから跡部くんを手伝うことに異論はない。整った容姿でスポーツも出来る人のサポートを、わざわざ嫌がる必要もないだろう。問題は、文化祭。

「立海の文化祭どうしよう。スケジュールを見る限り、立海テニス部手伝えそうにないから」
「俺らだって文化祭準備期間でも練習はある、・・・お前さんのマネージャー代理は必要じゃ」
「真田くんが副部長だから根気がないと難しいよね。あと、文化祭の模擬店が手伝える子」
「丸井がどうせ模擬店は食べ物提案するだろうし、せめて料理できる子がほしいところ、か」
「料理・・・あ!だったらちゃんに頼んでみようか?」
ちゃん?」
「さっき言った、跡部くんの幼馴染で私の親友。あの子、料理上手だし氷帝生」

 説明を加えると雅治くんは「ああ」と納得して2度頷き、空中に視線を彷徨わせる。彼が考え込むくせで、この状態の彼に話しかけても大方耳に入らないのは昔から知っていた。その間にお昼も案外時間がたっていたので、食べかけのBセットを少し急いで平らげる。私の「ごちそうさまでした」と雅治くんの「いい方法じゃ」の言葉が重なったときに、予鈴が鳴った。

、マネージャー代理候補のちゃんって子の写真、もっとる?」
「うん、あるけど」

 なんで?とは聞かなかった。
 何か面白そうに笑ったときの雅治くんは、何を聞いても「内緒」と教えてくれないのは百も承知だ。なんだろう、と心には思うもの、次の授業が体育だったことを思い出し、特に気に止めることはなく写真を渡した。



***



 本当に、偶然だった。
 幼馴染から彼女の写真を教えてもらい、俺が氷帝の近くまで来たのが運命だと思うぐらい衝撃だった。たまたま、本当に偶然。氷帝近くのコンビニに立ち寄ると、大量のスポーツドリンクを持った彼女とであった。黒い艶のあるセミロング、身長は標準、大人しい。情報に間違いはなかった。
 彼女の細腕では少々辛いだろう、2リットルのドリンクが入ったケースを2つ目の前にして困っている。しばらくみていると意を決して一人で運ぼうとしたので、失礼だがこの機会だと近寄り、片方のケースを持つ。

「・・・え?」
「お前さんにその重量はちょっと重すぎじゃ。氷帝に用があるし、半分俺が持ってくぜよ」
「え、あ、うん。・・・ありがとう、ございます」

 最初は驚いて硬直していたもの、彼女は自分でもこの分量は無理だと理解していたのか、素直に甘えた。軽い会釈でお礼を告げて、くすりと微笑む。写真なんかより、数倍綺麗な優しさで。

ふわり、と優しく。白い花が太陽に浴びたような、きらきらしてる笑顔だった。

 どくん、と思わず鼓動が早くなったのは、正直まずいと思った。会ったばかりのはずなのに、彼女の1つ1つ動作が愛しい。小動物のような、愛らしさもある。全く俺らしくもないのに、と思った。同時に惹かれる、とも。目が離せなくて、ばくばく騒がしい心臓を気付かれないよう冷静を装う。

「俺は仁王雅治、立海テニス部3年」
「仁王雅治さん・・・あ、もしかしてちゃんの幼馴染の方ですか?」
「お前さんは、跡部の?」
「はい。景吾くんとは、近所で親同士でも仲がいいんです。えっと、仁王さんはなんで―――」
「その用件の前に、仁王さんはどうも慣れん。雅治で良い、敬語も同級生だからいらん」
「じゃあ、あの、・・・雅治くん、で」

 「ん」と返事を返せばテニス部のコートが見えてきた。

「あ、ここまで来ればもう大丈夫だから。助かりました」
「―――――なあ、困っとるお前さんを助けたじゃろ?」
「え、あ、はい。本当にありがとうございました」

 俺が再び問うた意味を理解していないようで、何の疑問もなく彼女はお礼を言った。鈍感なのか、図太いのか、おそらく前者なのだろう。にこにこと嬉しそうに笑う彼女は悪意のある人間に随分騙されやすそうな性格だった。

「じゃあ今ものすごーく困っとる目の前の俺を助けるのが筋ってもんじゃ」
「・・・うん?」
「今年の学園祭、うちの立海やお前さんとこの氷帝と合同になったのは知っとるか?」
「景吾くんと榊監督が主催になったやつだよね」
「そう。うちのマネージャーがお前さんとこに持ってかれたから、立海は崖っぷちじゃ。つまり、」

 ここまで言えば、誰でもわかるだろう。
 それでも俺は再度念押しに、口端をつりあげながら彼女に告げた。

「そこでお前さん、―――――学園祭期間中だけ、立海のマネージャー代理やらんか?」



 これが俺たちの始まり。





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